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若杉院長が医学の最新の話題を取り上げて書きます。なお、記事に関するご質問、お問い合わせにはお答えしていません。

記事一覧

2015年ノーベル医学生理学賞

 今年もノーベル賞の季節がやってきました。大村智博士 受賞おめでとうございます。前のコラムで大隅博士の話もしましたが、大村博士もガードナー賞の栄誉に2014年輝いています。博士の業績は、報道されたとおりオンコセルカ症の原因となるフィラリアの駆除薬の発見です。といっても直接薬を見つけたのではなく、抗菌薬を作り出しうる放線菌(2015年1月19日のコラム参照)の分離に成功し、薬の前駆物質エバーメクチンを発見しました。その物質を共同受賞者のW・キャンベル博士がヒトにも家畜にも効く物質へと合成して、イベルメクチンとして製剤化しました。
 もう一人の中国女性科学者屠博士は、まだ中国が発展段階にある30年前に漢方のオウコウカから抽出したアルテミシニンが、マラリアに効果があることを発見し人類へ大きな寄与をしたことが受賞の理由です。世界で一番怖い生物は何?と聞かれた場合、それはライオンでもなくワニでもなく、蚊がそれであると答えます。それはマラリアをはじめデング熱や多くの感染症の媒介しヒトを死においやるからです。ちなみにオンコセルカ症はブユがその媒介動物です。キャンベル博士の属したアメリカのメルク社は無償でこの薬を流行地の人々へ配布しこの病気を撲滅しました。アルテミニシンもマラリアの治療に多いに用いられています。
 人類に大きな貢献をした今年の賞は、例年とは異なりさわやかな印象を与えたようです。(文責 院長・若杉 直俊)

ぎょう虫検査

 学校保健安全法改正が平成28年4月施行されるにともなって、来年度から学校検診の内容が変わることを7月10日のコラムでお伝えしました。その際にも簡単に記しましたぎょう虫検査の廃止のお話をします。このことは文部科学省の学校安全保健法施行規則の一部改正に関する省令(26文科ス第96号)で通達されています。
 ぎょう虫検査はご存じのように、セロハンテープを肛門にはって2日間虫卵を調べるものです。全国的に見ても発見率が0.1%以下であり、あまり検査の意味がないとのことで廃止に向かって検討されました。ところが全国的に見ると、九州地方では0.3-0.9%の児童に陽性者がみられ、九州地方の教育委員会では継続か廃止か悩ましい判断をせまれらているようです(西日本新聞 10月3日)。
 福岡市では、直近の発見率が0.9%のため来年度も継続を計画しているようです。ところで、ぎょう虫の症状はおしりをかゆがることです。そのかゆみのために落ち着きがなかったり、爪かみなどもみられます。関東地方においてはそれらの症状が見られたときに、病院で検査すればよいでしょう。先日短期間養護施設を利用する児童がきて、寄生虫卵検査を行いました。もちろん陰性でしたが、医学的に見ても不必要と思われる検査でも法令に記載されている以上施行が義務づけられるものは、まだまだあるようです。
(文責 院長・若杉 直俊)

オートファジーってなに

 われわれの体を形作る細胞は、まるでそれ自体一つの宇宙のようにさまざまな形態と機能をもつ小器官から成り立ち、その細胞が臓器をかたちづくりその集合体としてヒトの個体が存在します。19世紀のドイツの病理学者ウィルヒョウは、病気の本質をみるには細胞の働きを理解することが大事だと強調しています。しかし、まだまだ細胞の働きには未知の事柄が多く存在します。
 2015年医学の世界的な賞であるガートナー国際賞(カナダ)を受賞したのが、東工大特任教授の大隅良則博士です。なおこの賞は、山中伸弥博士も受賞しており、大隅博士は同じテーマで2006年の日本学士院賞も受賞しています。博士が研究の対象にしたのがオートファジーであり、この現象は細胞内のミトコンドリアがゴミものこさずきれいに除去される機構をさしています。ミトコンドリアは、細胞にエネルギーを供給する小器官です。オートファジーがうまくいかないと、特に神経の難病につながります。有名なのがパーキンソン病です。他にもSENDA病 Vici病などがあります。腸の病気のクローン病もオートファジーの異常が関与しているようです。
 さらに、ガンの発生にもオートファジーの異常が関与していることが徐々に解明されてきました。9月13日のNHK サイエンスゼロでもその話題が取り上げられていました。興味のある方は、NHKのサイトを覗いてみるのもよいでしょう。多くの医学者の研究によりその成果が、実際の医療の現場に活かされ病気を克服する日もそう遠くないのかもしれません。(文責 院長・若杉 直俊)

長時間労働

 長時間労働の弊害は種々いわれており、不眠・全身不調・うつへの引き金等労働関連疾患として昔から注目されています。最悪の場合は自死へとつながる例も多く、ここ数年はやや減少傾向を示していますが、日本はOECDのなかで韓国とならび自殺率の高い国とされています。
 一方、脳卒中や心筋梗塞などの脳血管・循環器疾患と長時間労働の関係も指摘されていますが、科学的に確かなデータがあまり示されていませんでした。ロンドン大学のMika Kivimaki医師は、それまでに発表された約50万人のデータを含む17件の研究から以下のような結論を得たことをLancetに報告しています。
①1週間の労働時間が35-40時間の群と55時間以上の群を比べると、心筋梗塞などの循環器疾患による死亡が13%高い
②同じく脳卒中のリスクが33%高い
③特に脳卒中の場合、労働時間が長くなれば長くなるほど死亡率上昇する傾向がある
ここでいう週55時間以上とは、週40時間労働として月の残業が60時間以上を意味します。日本でも長時間労働が続くと不眠や体調不良に注意しますが、その際の目安が月60時間を超え、3ヶ月の合計が200時間を超える場合健康管理者との面談が必要になる場合があります。今回の報告は恒常的に長時間労働が続く方を対象にしているので、年に1-2ヶ月ていど残業60時間超えがあってもそれは対象にしません。しかし、できれば定時出勤・定時退社であとの時間を家族の団らんや趣味に用いるのがもっとも理想であるのはいうまでもありません。(文責 院長・若杉 直俊)

医薬品特許とジェネリック

 8月はじめのTPP交渉決裂は、一番はニュージーランドの乳製品の関税問題でしょう。しかし、あわせて特許や知的財産権の保持期間も妥結を阻止した要因とされています。特に医薬品は画期的な新薬が開発されると全世界で数千億の利益を生み出します。そして特許が切れると安価な模造品が発展途上国でも製造されるため、そのうまみも消え去ります。その模造品をジェネリックとよび、日本語に訳せば一般品という意味になります。
 日本では、医薬品特許の期間は20-25年間とされています。実際の現場では、厚労省が国内で医薬品として使用可能と認定してから10年たつと、他のメーカーでも同等品の製造が可能となるのです。現行の世界の貿易基準であるWTO(世界貿易機構)のTRIPS協定では最長20年とされていますが、今回のTPPではアメリカが20年はそのままに、事務処理の時間的ロスを保証する期間延長を求めています。
 日本のジェネリック薬は、2011年の統計では全医薬品のなか数量ベースで22.8%と欧米の3分の1ほどの使用量となっています。ジェネリック薬がまだ出ていない新薬は別として、世界水準では少ない方でしょう。アメリカ同様新薬開発に力を入れている製薬会社を多く抱える日本では、アメリカ同様国外にむけては特許の延長は国益にかなうかもしれません。しかし、発展途上の国では安価で効果の高いジェネリック薬が求められています。実は厚労省も医療費の高騰をおさえるべく、国内の医療現場でもジェネリック薬の使用をすすめています。TPPを国益一辺倒で考えるか、環太平洋世界の発展も考えるかは大変難しい問題なのです。
(文責 院長・若杉 直俊)