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若杉院長が医学の最新の話題を取り上げて書きます。なお、記事に関するご質問、お問い合わせにはお答えしていません。

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臓器移植

【臓器移植】
 日本の臓器移植の歴史は、1968年札幌医大の和田教授による心臓移植から本格化しました。ただし 和田移植には多くの問題が介在しました。誰がどのように脳死を判定するか、移植された臓器と患者の免疫抑制方法、日本人の死生観などさまざまでした。その後様々な議論の末、臓器移植法が1987年に制定され、1991年日本で2例目の心臓移植がなされました。2011年、国内では31件の心臓移植がなされましたが、海外では4000件以上の手術がなされています。心臓以上に難しいのが、肺移植や膵臓 小腸などの移植です。日本人の持ち前の器用さで、徐々にそれらの実績が積み上がっています。
 腎像は心臓停止後も摘出ができますが、心臓や膵臓などは脳死つまり心停止前の臓器摘出が前提です。今は運転免許などにも臓器提供の意思表示欄があり、徐々に脳死者からの臓器が提供されつつありますが、まだまだ移植希望者から見れば数が足りません。iPS細胞から必要な臓器ができるようになれば、現在のような臓器提供者さがしも昔話になるのですが。ところで、心臓移植だけでも全世界で4000例近く行われるようになったのは、他人の臓器を排除するヒトの免疫反応を抑制する薬が開発されたためです。海外で多く用いられるサンディミュンや日本初の免疫抑制剤タクロリムスが、成功例を増やしているのです。タクロリムスは筑波の山の中で採取された細菌から抽出され、臨床の場で用いられています。
 一方、親子など親族間で移植される腎臓移植もこれら免疫抑制剤の恩恵をうけ、日本でさかんに行われています。さらに臓器移植ではないですが、骨髄移植も日本で広く普及してきました。筆者が医者になった30数年前に骨髄バンクができはじめ、大学時代その準備に少し関与したこともあるのですが、多くの善意によってここまで育った制度に対して感慨無量の思いがあります。多くの医学者のたゆまぬ努力によって、病に悩む方々が少しでも楽になることを夢見るこの頃です。(文責 院長・若杉 直俊)

肺気腫

【肺気腫】
肺気腫という病気は、あまり知られていないようですが重要な病気です。死因として1位の悪性腫瘍や2位の脳血管疾患はだれでも知っていますが、肺気腫は死因の第7位をしめています。その多くが喫煙によるものです。我々は喫煙指数を重要視しますが、その計算は 1日の平均喫煙本数×喫煙年数 です。つまり平均20本を15年間吸っていれば300となります。この指数が600を超えると、肺気腫を発症しやすいとされています。
症状は、息切れです。はじめ坂道を駆け登るのが苦しくなり、普通の登坂でも苦しくなり、ついで平地でも同様となり、最後は座っていても呼吸が苦しくなります。肺は空気中の酸素をとりいれ 二酸化炭素をはきだす臓器ですが、肺気腫になるとこのガス交換がうまく出来ず、血液中の酸素飽和度(ヘモグロビンと酸素の結合割合 SpO2とあらわします)が下がり、90%をきると苦しさが明らかになります。たとえていえば、普通の人がいきなり3000メートルの高地に移動したようなものです。診断は呼吸機能検査です。肺気腫の方は、一気に空気をはき出すことができず、1秒率(呼気全体のうち、はじめの1秒ではき出す量の割合)が70%を切ると陽性と診断されます。これを簡便にしる方法として、口元から30cm話したろうそくの火を、口をすぼめずはきだす息で消せれば肺気腫の可能性は低いでしょう。
治療はただちに喫煙をやめること、薬としては抗コリン薬の吸入とステロイド薬の吸入です。最近は喫煙する人が少なくなってきましたが、日本人はまだまだ喫煙率が高い国です。さらに、タバコを吸わない人も副流煙(周囲のタバコの煙)で肺気腫や肺癌を引き起こす可能性があります。タバコを吸う方は、少しでも減煙を そして最後は禁煙をめざしましょう。(文責 院長・若杉 直俊)

ウェストナイル熱

【ウェストナイル熱】
 デング熱 エボラ出血熱 SFTSに続いて、第4弾 ウィルス感染症の話題です。ウェストナイル熱は1937年にはじめてウガンダのウェストナイル地方で発見され その後アフリカ ヨーロッパ 中東 中央アジアへと蔓延していきました。1999年突然ニューヨークで流行が見られ、その後2012年まで米国・カナダの37000人が発症 そのうち1549人が死亡しています。原因はデング熱や日本脳炎をひきおこすのと同じフラビウィスル族のウェストナイルウィルスです。
潜伏期間は3-14日 感染者の25%が発病し、症状は発熱 頭痛 下痢・嘔吐など、症状は1週間で回復します。発症者中200人に1人が髄膜炎や脳炎を合併します。ベクターはイエカ(日本脳炎もコガタアカイエカ)やヤブカで、デング熱のシマカは媒介しません。自然界ではカラスやスズメなどの鳥類が保菌者となり、感染した鳥類を吸血したカが他の動物を吸血し発症します。多くの脊椎動物も感染しますが、ほとんど症状は出ません。治療は対症療法のみ、ウマのワクチンは開発されていますが、ヒトのワクチンはまだ開発されていません。
デング熱やウェストナイル熱を現時点で、完全駆逐することはできません。日本では、各空港およびその周囲で蚊の捕獲を行いウィルスの有無を調査しています。まさに水際作戦で、この病気の侵入を防いでいるのです。しかし、いつアメリカのような流行が起こってもふしぎではありません。デング熱とともに速やかなワクチンの開発が望まれるところです。

(文責 院長・若杉 直俊)

SFTS

【SFTS】
 デング熱やエボラ出血熱は前の回でも紹介しましたが、ウィルス感染症が世間の注目を集めています。SFTS(重症熱性血小板減少性発熱症候群)も密かに国内で広がっているウィルス性感染症です。
 SFTSは、マダニがベクター(感染を媒介する動物)です。はじめ、中国で報告され 2年前から西日本を中心に国内でも80名以上の患者が報告され、3割ちかい致死率を示す恐ろしい病気です。普通、マダニは森林でイノシシやシカなどに寄生して吸血する虫ですが、最近の開発でそれら哺乳類がヒトに近づく機会も増え、マダニも広がりあわせてSFTSウィルスの侵入もゆるしているのです。散歩中のイヌの皮膚にマダニが寄生してそれがヒトに感染する例も報告されています。ヒトからヒトへの感染はありません。
 症状は、数日の潜伏期間後 高熱・頭痛がまずみられ 血液中の白血球や血小板が減少し出血症状がみられ、これが死に至る臓器不全をおこすのです。根本的な治療はありません。ワクチンもありません。埼玉県内ではまだ報告がありませんが、マダニは県内どこにでも存在しています。ひたすら対症療法および輸血を行うものの、救命率は7割ほどです。マダニは吸血すると3mmほどの体長が10倍近くになり、見た目にもはっきりします。マダニの唾液には麻酔作用があり痛みはありません。そのマダニをむしりとることは避けねばなりません。皮膚科を受診し、丁寧に切除する必要があります。
 マダニも蚊も刺されない工夫が必要です。森林などへでかけるときは体をなるべく衣服で覆い、虫取りスプレーなども必需品です。それでも熱が出た場合は医療機関受診が必要でしょう。

(文責 院長・若杉 直俊)

出生前診断

【出生前診断】

 2012年夏 新聞で初めて報道されて以来議論され続けているのが、出生前遺伝学的検査です。これは、まだ胎児の段階で 生まれてくる子供に遺伝的な異常がないか調べる検査です。胎児の異常を調べる方法としては、以前から超音波やMRIなどで胎児の形態を調べる方法、羊水や絨毛(胎盤の一部)を採取して調べる方法、母親の血液から異常マーカーを調べる方法などがありましたが、母体に負担を与えたり確実性が乏しかったり 一長一短でした。そこで近年開発されたのが、母体の血液中にある胎児由来の遺伝子の切れ端を調べる検査であり、すでに実用化されています。
 妊婦さんの血液には、自身のものと同時に胎児由来の遺伝子の切れ端があることが知られています。胎児が21-トリソミー(ダウン症候群)の場合、通常の胎児にくらべ、21番目の遺伝子由来の切れ端の比率が増加して、このことより胎児に遺伝子異常があることが推察され、異常と診断されるのです。検査の感度(異常を見つける割合)特異度(正常を異常と誤らない割合)ともに99%とされています。トリソミーは他にも18- 13-とあり、これらの診断に貢献しています。ただし、診断がついた場合の妊婦さんならびに家族への対応には、細心の注意が必要です。十分にカウンセリングを行い、出産の決定権はあくまで親にあること、そしてその負担感を少しでも軽減する必要があります。さらに21-トリソミーなどをもつお子さんに対する社会の偏見を解き、それらのお子さんを暖かく社会全体でささえる環境を作らねばなりません。先進国フランスの2009年のテータでは、トリソミー陽性の96%が妊娠中断を選択し、このことを軽々には評価出来ませんが 一部の人たちの憂慮の種となっていると聞いています。
 医学の進歩に人間の倫理観が追いつけない一例とでもいえるのでしょうか。我々も当事者になったつもりでこの問題を考えていきたいと思います。
(文責 院長・若杉 直俊)