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若杉院長が医学の最新の話題を取り上げて書きます。なお、記事に関するご質問、お問い合わせにはお答えしていません。

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日本脳炎ワクチン

【日本脳炎ワクチン】
 日本脳炎は、コガタアカイエカが媒介するウィルス性感染症で 一度発症すると治療法がないため致死率も高く、東南アジアなどではこどもを中心に多くの患者の報告があります。日本脳炎ウィルスはヒトとブタのみを宿主としてこれを蚊が媒介し、他の哺乳類には感染しません。ただし、未感染でしかもワクチンも受けていないヒトがウィルスを保持している蚊にさされても、すべてのヒトが発症するわけではなく、発症率は0.01%前後といわれています。1万人感染しても1人しか発症しないのです。
 日本ではこの十数年 毎年0-10人程度の患者発症が報告されています。しかも、発症地域は西日本や四国・九州に多く、夏に蚊が飛び交い 養豚場のある地域は要注意です。予防のワクチンは、数年前 ネズミの脳の成分を含むものから、含まないものへ変更となりその際 当時3-4歳の子供を中心に混乱を生じました。現在では、20歳まで原則無料で合計4回のワクチン接種が可能となり、当時受け損ねた子供たちに 市から連絡が来ているものと思われます。
 今回このワクチンの話題を取り上げたのは、8月に厚労省から北海道庁に対して日本脳炎ワクチン接種の勧奨がなされたとの報道があったからです。従来は北海道では、日本脳炎ワクチンの接種は義務づけられていませんでした。それは、今まで北海道にはコガタアカイエカが存在しなかったという理由からです。したがって、幼児期 北海道で成長したこどもでその後本州に移動した場合には、日本脳炎の免疫がないことになります。全地球規模ですすんでいる温暖化は、北海道にもひろがっていますし ましてや、国内を移動する子供も増加しています。北海道でも日本脳炎ワクチン接種の必要性が迫られているのです。
(文責 院長・若杉 直俊)

iPS細胞

【iPS細胞】
 前回の話題で医学の進歩の話をしましたが、世界中みても日本が一歩先ゆくiPS細胞のお話をしましょう。今更iPSなんてという方も多いでしょう。しかしiPSが何なのかよくわからないという方が大半なのではないでしょうか。山中教授がノーベル賞を受賞したiPS細胞研究は奈良先端科学技術大学時代から十数年以上継続して行われていました。
iPS細胞の画期的な点はどこにあるのでしょうか。本来どんな細胞にもある遺伝子DNAの情報は、細胞が神経にも筋肉にも皮膚や心臓にも変わりうる力をもちますが、一度特定臓器の細胞に変化した正常な細胞は 再度別の臓器の細胞に増殖することはできません。癌細胞のみが周囲の細胞とは別に勝手な増殖行動をおこします。あらゆる臓器になりうる細胞を幹(stem)細胞といいます。受精直後の細胞はこの幹細胞にあたり、iPS細胞以前にはES(embryo-stem)細胞としてさかんに研究にもちいられていました。しかし、ヒトにおいて受精卵を研究に用いる事は 倫理的に大きな問題をはらんでいます。iPS細胞はその点、皮膚の細胞を採取して4種類の物質を核内に投入することで、幹細胞に変化する つまり皮膚の細胞が心筋にも神経細胞にもなりうることを証明したのです。この4種類の物質をつきとめたことが山中教授のすばらしい業績として評価されたのです。しかしiPS細胞をそのまま放置しても脳にも心臓にもなりません。彼は、その細胞を他の個体に移植してその個体の臓器に変わり得ることで証明しました。
現在の研究の方向は、iPS細胞がどのようにしたら脳になり心臓になり筋肉になるのか、そのメカニズムの解明にむかっています。ある種の物質ないし刺激が働くことによりiPS細胞が特定の臓器へ分裂増殖するのですが、この物質あるいは刺激の発見により ヒトにおいて失われた臓器を自分の皮膚細胞から作り出す夢も実現しうるのです。この再生医療研究はまさに世界の最先端で苛烈な競争が繰り広げられています。日本発のすばらしい発見が、世界で大きく花開くことをねがってやみません。
(文責 院長・若杉 直俊)

マイクロRNA

【マイクロRNA】
癌の精密検査といえば、内視鏡やCT検査といった苦しく面倒くさいものという思いをもつ方が大半でしょう。血液ひとつで癌がわかればこれほど簡単な事はないのに、と考える方も多いかと思います。今まででも腫瘍マーカーといって、ある種の癌において血液中に増加する物質があることが知られています。ところが、腫瘍マーカーは必ずしも早期に増加するのではなく、進行してはじめて測定できるものが大半です。したがって、すでに診断された癌の経過を追う際に用いられます。現在のところ早期に診断できる腫瘍マーカーは、前立腺癌のPSAだけといってもいいでしょう。
ところが、8月のニュースで 血液による癌早期診断の方法が開発されつつあるという夢のような報道がなされました。それがマイクロRNA検査です。現在のところ血液に含まれるマイクロRNAは2578種類知られていますが、国立がんセンターと(株)東レは共同して、過去約65000人の癌患者さんの血液中のマイクロRNAを検索し 早期に診断が可能な物質をしぼり込んで13種類の癌の診断に用いようという計画を発表しました。
ただし、実用化に向かうのは5年間の研究期間の後です。以前の話題で 乳癌の早期診断としてBRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子が用いられていることをお伝えしました。新しいテクノロジーは、今までになかった診断や治療の技術を人類にもたらしています。京都大学・山中教授のiPS細胞による再生医療の技術も夢のようなテクノロジーですが、徐々に我々の手の届くところとなっています。人々を苦しめる様々な病気に対する医学の挑戦は、つきることがないようです。
(文責 院長・若杉 直俊)

高血圧

【高血圧】
 高血圧は生活習慣病の代表的な疾患です。推定で日本全体に4300万人の高血圧患者がいるとされています。高血圧の診断基準は、65歳未満で130/85mmHg以上 65歳以上で140/90mmHg以上とされています。さらに高血圧には 遺伝性が関与される本態性高血圧と二次性高血圧があります。二次性高血圧の原因は、腎臓機能の悪化によるもの、副腎腫瘍や下垂体腺腫などが原因のホルモン性のものなどがありますが、ほとんどの高血圧は本態性です。
 高血圧発症のひきがねとして、運動不足・肥満 塩分過剰 高脂血症などの基礎疾患 ストレスなどがあげられます。このうち 塩分についてですが、南米アンデスで暮らすヤノマミ族は塩分を一切摂らないそうで、高血圧患者が皆無とのことです。日本人は塩分を1日平均11g摂取しています。厚生労働省は、これを7g以下にするように勧告しています。最近はレストランでもカロリーとともに塩分表示がされています。7gは無理でも、少しでも塩分を控える努力はしたいものです。高脂血症は、血管の内皮下に脂肪を主にしたプラーク(一種のゴミ)をためこみます。これにより血管腔がせばまり血圧が上昇します。
 治療は、上記生活習慣をあらためた後それでも血圧が高い場合 薬物内服となります。糖尿病の話の時も記しましたが、この30年間降圧剤もずいぶん新薬が開発され6-7種類以上の異なった薬が用いられています。戦後すぐは、尿をたくさん出す利尿剤のみが降圧剤として使われていましたが、カルシウムの血管収縮作用を防ぐ抗カルシウム系の薬が主流になり、その後ヘビの毒から抽出される抗アンギオテンシン変換阻害酵素薬なども30年前から導入されています。これがさらに発展してARBと呼ばれる薬へ進化し、現在はこれが主流になっています。ちなみに新聞等で話題になっている「ディオバン」という薬はこの系統です。ディオバン自体はよい薬ですが 販売の仕方に不正があったようです。
 健診などでは、必ず血圧を測定します。家庭でも血圧計を購入すれば簡単に測定できます。高血圧はサイレントキラーと呼ばれ、放置しておくと確実に脳出血や脳梗塞 心筋梗塞等の病気を併発します。もし血圧が高い方は、医療機関で相談してください。
(文責 院長・若杉 直俊)

うつ病

【うつ病】
  一生のうち、10人に1人がかかる病気がうつ病です。本人やご家族で罹患の経験がある方、あるいは今闘病中の方も多いでしょう。発症時期も、若年性 老人性と年齢に関わらず あるいは退職後や癌と診断されたあとなどの反応性などさまざまです。症状は、まず不眠や食欲不振 疲れ易いなどの訴えからはじまります。性格は責任感がつよく几帳面な方に多いとされています。それらの症状が2週間以上つづけば、医療機関受診が望まれます。
 誘因はなんであれ、原因は脳内の神経細胞間で情報を伝達する物質である セロトニンやノルアドレナリンが不足するために発症します。治療は薬物療法が第一であり、不足したセロトニンなどを補う薬や うつ病にともなう不安を和らげる抗不安薬などを使用します。最近の向精神薬は副作用も少なく 治療効果も十分なものが開発されています。ほかにも認知行動療法などもあります。十分な経験をもつ医師の指導の下、薬物だけでは回復しない方に行われることが多いようです。この病気は まずうつ病を知り、はやく気がつくことが大事です。
 最近 新しいタイプのうつ病が報告されています。会社員で長期に欠勤する方の理由に うつ病と診断されるケースが多いのですが、会社に足がむかないものの 従来のうつ病のように一人部屋にこもりきりになるのではなく、欠勤中一人で旅行へ出たり ゲームなどに集中したり、静かにじっとしていない方がみうけられます。どちらかというと、責任感強い几帳面な性格とは正反対にみえる方たちです。不眠や疲れ易いなどの身体症状は共通しますが、一見怠けているようにみえるのです。精神科医の間でも議論が分かれますが、このような症状に悩んでいる方のなかにうつ病と診断される方がいるようです。是非精神科ないし心療内科等の受診をおすすめします。 (文責 院長・若杉 直俊)